いつまでも、2人で暮らしたい#3

小田すみさん(仮名)は、大正14年生まれですから今年85歳というご高齢です。平成16年に脳梗塞を患われ、その2年後にはパーキンソン病であるとの診断も受けられています。
1歳年上のご主人と2人暮らしをされていますが、ご自身がパーキンソン病と診断された同年認知症との診断を受けられ、最近では言葉も出にくくなっているし、耳も聞こえにくくなり、すみさんの指示がないと動こうとしません。
すみさんには、脳梗塞の後遺症としての麻痺はみられず、左腕に疼痛はありますが痛み止めと湿布で対応し、パーキンソン病の症状も薬でなんとか抑え、ほぼ自立した生活が送れる状態だということでした。 ご主人はすでに介護認定を受けられており、ご主人を担当するケアマネージャーさんから、すみさんも介護認定を受けたらと勧められました。パーキンソン病の症状が出ているときは、震えがひどく、動けず、固まってしまうということがあったからです。自力で立ち上がることもできなかったといいます。そんなときでも、ご主人に引っ張ってもらって立ち上がり、なんとか家事をこなすという状況でした。

ところが平成20年介護認定調査の結果は「自立」でした。質問に対するすみさんの答えの多くが「できる!」だったからです。
そこにはすみさんのご主人に対する思いがあったからです。 「私ががんばらないと、お父さんの世話はだれがするのか。優しいお父さんといつまでも2人で暮らしていきたい」
そんな思いが「できる!」と答えさせていたのです。すみさんは言います。
「お父さんは認知症こそあるものの、とても穏やかで優しい人なんです。大の釣り好きで、休みのたびに2人で魚釣りに出かけました。私が元気になれたらもう1度2人で魚釣りに行ける。行きたい! そんなことを思いながらがんばってきました。でも……」
パーキンソン病の症状が落ち着いていると身の回りのことはほとんど自分でできるが、症状が出ると起き上がり、立ち上がりができずご主人に引っ張ってもらわないといけない。ご主人は「引っ張って!」と言えば引っ張ってくれるが、力加減がわからず腕や肩が抜けるくらい痛い思いをすることも。
「わかっているんですけどね、わかってほしくてついついお父さんに叫んだこともありました」 それでも、介護認定調査の結果は「自立」だったのです。

その年の暮れ帰省した息子さんが見かねて年明けに再度認定調査の申請をされました。結果は「要介護2」。ヘルパーさんの利用を勧められましたが、すみさんは「自分のためのヘルパーさんはまだいらない」とことわったそうです。ヘルパーさんはご主人だけが週2回家事援助で利用されています。
「自力で起き上がり、立ち上がりさえできれば、まだまだ夫婦2人でやっていけますし、いつまでも2人仲良く、楽しく暮らしていけると思います。そしていつか私が元気になったら、もう1度お父さんを釣りに連れて行ってあげたい。ヘルパーさんの手を借りるより、まず自分が元気になって、自分のこと、家のこと、ちゃんとできるようになること、それが元気になるための道だと思いました」
すみさんは自らの決断をふり返って微笑みます。

すみさんへのケアプランは、パーキンソン病の治療をきちっと継続することを基本に、病状が悪くならないように体調の管理をし、自力で起き上がり、立ち上がることができるよう住環境を整えることを中心にまとめられました。
福祉用具としては布団からの起き上がり、立ち上がりが困難であることから、2つのモーターを搭載した特殊寝台と、座った状態から介助無しで立ち上がれるよう座椅子リフトを導入しました。座椅子リフトはベッドまで移動しなくてもその場で体を休めることができるリクライニング式が選ばれました。
ふり返って考えてみると、今回のすみさんのケースは、夜間に使用するポータブルトイレや住まいのリフォーム、ヘルパー利用も導入が検討されたケースかもしれません。しかし、座椅子リフトと特殊寝台の導入だけで、大きな環境変化を要しませんでした。

すみさんはこう話してくれました。「今まで通り2人で助け合いながらも、今まで以上に快適な生活が送れています。起き上がれなかった、立ち上がれなかったことができなかったから家事ができなかった。家事ができなければ食事もちゃんととれないでしょ。それがちゃんとできるようになった」と。またこうも。「お父さんは認知症があり1人では生きて行けない。だから私は倒れることができない」

裏返せば、ご主人のためにも自分でちゃんと家事がしたい、という強い思いが感じられます。その思いがケアマネージャーさんにちゃんと伝わったからこそ、ヘルパーさんによる家事援助がケアプランの中に入らなかったのだと思います。 ご本人の気持ち、意志を理解する、あるいは引き出すことができるかできないか。そのことがサービス提供の在り方を大きく変える要因になることがよくわかりました。

さて、その後のすみさんご夫妻ですが、残念ながらもう1度一緒に魚釣りに行くという夢は果たせていませんが、いつかはそんな元気を取り戻せるようにと、希望を持って仲睦まじく暮らしておられます。私たちが提供した福祉用具がその支えになっていることは間違いありません。