ADL とQOL のはざまで#5

ADL(アクティビティーズ・オブ・デイリ-ライフ/日常生活動作)の確保とQOL(クオリティ・オブ・ライフ/生活の質)の向上……。QOLって何だろう、と。
考えるきっかけになったのは、67歳になったばかりの女性のご利用者です。4年前に脳血栓、昨年脳梗塞を発症されました。後遺症も重く、左上下肢に麻痺が残り、寝返りこそ右手で何かにつかまればできるものの、立って歩くことはもちろん、ベッドの上に起き上がることもできません。脳梗塞の症状固定後も3カ月単位で転院を繰り返してきたのですが、ご本人の意思も固く在宅での療養を決められました。介護度でいうと要介護4です。しかし発語障害、意識障害や認知的障害はなく、意思決定、意思の疎通は問題なく行えました。
ご家族としては再発の不安や、息子さんたち家族が離れて暮らしているので介護の中心になるのがご利用者よりご高齢のご主人(72歳)になるため、老々介護で共倒れにならないかという不安もあり、最後まで病院での療養にこだわられましたが、ご本人の意思を尊重するということで在宅療養を決意されたのです。

ご本人、ご家族、医療サイド、ケアマネージャーさん、サービス提供事業者である我々で何度も相談を重ねいくつかのことを決めました。
再発をしないように気をつける。そのために月に何度かは病院からの訪問診療を受けて病状のチェックをする。寝たきりにならないように車いすで過ごす時間を増やす。デイサービスやヘルパー派遣をうまく活用し、介護者であるご主人の負担を軽くする、等々でした。支援に用いた福祉用具は、ベッド関連では3モーターベッド、サイドレール、ベッドサイドテーブル、マットレス、右手が使えたので屋内用の自操型電動車いす、外出用のフル・リクライニング車いす、ベッドから車いすに移動するための移動用リフトなどでした。さらに浴室や寝室、廊下などのリフォームもしていただきました。 何の問題もない普通の相談、プランニングでした。でも私は、その話し合いの過程で出ただれかの何気ないひと言につまずいてしまったのです。
「ADLは要全介助。在宅ではまずふつうの生活は望めないということですよ。それでも在宅を希望されるのですね」
その言葉はご本人も耳にされていたと思います。
私は怒りにも似た疑問を感じました。「ふつうの生活って何だ!?」と。私がそう思ったくらいですから、ご本人はどんな気持ちだったか。一瞬ですが表情がこわばったように見えました。想像するととても悲しい気持ちになりました。これは言葉を換えれば、「日常生活は何ひとつとして自力でできない」「あなたは障がい者だ」「何もできない人だ」と決めつけているに等しい言葉だと思ったのです。

私たちは日頃社内で話し合っています。福祉用具は日常生活を単純に補助するためだけにあるのではない、と。どんなに重い障害を持っていても福祉用具を使っていただくことで「ふつうの生活」を実現する。そのための「いのちの道具」だと。
先のひと言は「自分では何もできないから、介助する人と道具がいる。それでもふつうの生活じゃなくあなたは障がい者だ」と決めつけているように聞こえてなりません。
日常生活のほとんどの部分に介助が必要なことはたしかです。だからこそ我々がいて、様々な支援をする用具、道具、人がいるのです。それらを組み合わせることで「ふつうの生活」が実現できるし、いわゆる「日常生活動作」ができる、「ふつうの生活をしていこう」という意欲もわいてくると思うのです。
「QOLの向上は、ADLがちゃんとできてから」と考えられがちですが、私はADLをきちっと補助することこそが、生きる意欲につながり、そのことがQOLの向上に直結していると思うのです。どんなに重い後遺症、障害を持っていても、まだまだできることがたくさんある。その力を引き出すために我々と福祉用具がある。ADLとQOLの向上は一体として目指さなければ意味はない。そうじゃないでしょうか。
ところが、今回のご利用者の例でも、ご本人の「自宅で療養したい」という意志、希望よりも、「要全介助。在宅ではまずふつうの生活は望めない」というご本人の意志、希望の否定から話がスタートするわけです。
重い後遺症、障害を持った人を「何もできない人だ」決めつける。そんな考え方に立って、ほんとうの意味での「QOLの向上」など目指せないと思うのですが……。未だに重い後遺症、障害を持った人を「何もできない人だ」と考えている医療者、ケアマネージャーさんやサービス提供事業者が少なくないことに驚かされることもあります。

ちなみに今回紹介したご利用者は、ご主人の献身的な介護と適切なケアプランが相まって、1日の大半を車いすで過ごし、本来左利きなのですが右手で絵筆を握りスケッチという新しい趣味も持たれて外出の機会も増えたと、先日訪問した時に笑っておられました。
そこでは我々が提供する福祉用具たちも精一杯頑張ってくれていることはいうまでもありません。
