「手厚い介護は手でするもの」#10

そういう私は、実は過去にヘルパーとして働いていた経験があります。自分の経験に基づいたお話をしたいと思います。ただしこれは、ヘルパーに対する一般論ではなく、繰り返しになりますが私の経験を通して、自分自身で当時をふり返って福祉用具を提案・提供する者としてどう考えているか、ということです。
冒頭の「手厚い介護は手でするもの」という言葉は、実際に家族の方から言われたことですし、私自身もそう思っていました。
私が最初にヘルパーとして出会ったご利用者Aさんは、要介護1と要支援を行き来するという軽度の障害を持たれた方でした。身体状況を見ても、立ち上がりと歩行こそ何かにつかまらなければできませんでしたが、それ以外は自立してできる状態でした。しかし、その方を通して、実はこうした要支援、要介護1という介護度の低いご利用者にこそ大きな問題が潜んでいるんだと実感しました。
Aさんは主介護者である奥様にすべてをゆだねる典型的な「妻任せ」の方で何もできないのではなく、何もしないと言った方がいい状態でした。リハビリをすればもっとからだが動くようになるかもとすすめても「拒否」。デイサービスをすすめてみても「拒否」。しかし「ああしてほしい」「こうしてほしい」という「訴え」は多い。奥様はそれに対して、きちっと応えようとされる。介護度が低くて、障害の程度が「軽度」でも、ご本人が動こうとされないと「重度」と同じなのです。動くことへの意欲が低下すると「廃用症候群」という2次障害にもつながります。体位を変換したり、起き上がらせたり、立ち上がらせたり、歩行を支えたり、奥様への負担は増すばかりでした。いえ、無理を強いられていたのです。
当時ヘルパーとして訪問していた私は、福祉用具にほぼ無関心でした。
そこにはAさんの強い言葉の影響があったことは否めません。
「おいはモノじゃなかち。ちゃんと手で扱ってくれ」
「車いすやら、リフトやら、おいは障がい者やなかど」
奥様の負担を減らすために訪問するヘルパーさんにも同じ無理を強いる。福祉用具の活用をすすめようものなら「手を抜く」と言われました。そんな中で私は次第に福祉用具の良さ、意味を見失うようになりました。ほとんどのヘルパーさんが同じ経験をされているのではないかと思います。
ところがある日のことです。Aさんの口から意外な言葉が。
「もう一度庭に出て、庭いじりがしたかなあ」
それを実現するためには、奥様の手引きだけでは無理なことは百も承知です。その言葉を聞いて、私は、Aさんはいっぱいしたいことがあるのに、それをずっとあきらめてきたんだと思いました。すぐにケアマネージャーさんに何をどうすればAさんの思いが実現できるか検討してもらうよう奥様にすすめると同時に、自分からもケアマネージャーさんに連絡を取りました。
結果として、居宅内には手すりをつけ、庭に出るために歩行器を導入することになりました。それからです。Aさんの生活が変わったのは。拒否していたリハビリも受けられるようになり、いろんなことができるようになっていったのです。
ヘルパーとしての私も、福祉用具の力を目の当たりにして、もっと福祉用具についての知識を身につけて、自分からもご利用者に提案できるようにならないとだめだと思いました。
それ以後、Aさん宅を訪問するたびに、最初にすることは歩行器の車輪を見ることでした。土がついていると、ああ、庭いじりをしたんだなあと、なんだかうれしい気分になりました。
