加治屋町日記(1)#17

レジに立たれた男性がおっしゃいました。奥様を介護されているということで、尿取りパッドを購入されました。てっきり失禁パンツのことだと思い確認すると、普通の下着をご希望でした。事情をおたずねすると、
「医者から妻はもう長くないと聞かされました。ちゃんと準備をしておくように言われたんです」
ということでした。最寄りのスーパーかデパートでとおすすめしたのですが、
「男は、ああいうところには行きにくいものなのですよ」
と言われました。そのお返事に言葉を失ってしまいました。
言われるように、女性用下着売り場には男性が近寄りがたい雰囲気があります。それはこのお客様のように、使われるご本人が売り場に行けず代わりに行かなければならない事情があったとしても、そんな事情を斟酌することなしに、男性が近寄ることを拒むような雰囲気です。私たちのように介護用品を扱う仕事をしていれば、男性が女性用の下着を買いに来られること自体少なからずなにか事情があるのだろうなと察することができますが、大半の人は偏見に近い目で見られるのではないでしょうか。あるいは、必要だとわかっていても、そういう目で見られるのがいやだからと、ずいぶん困っておられる方も多いと思います。このお客様の場合も、私が代行してあげることができればと思うと同時に、こういう偏見をなくしていくことがほんとうのバリアフリーにつながるのだと強く思いました。
店舗では洗面器、石鹸、スリッパなど急な入院時に最低限必要なものを揃えた「入院セット」は用意していたのですが、この男性のようなお客様のご要望にお応えするための商品も必要だなと考えています。
(加治屋町店舗スタッフT)
その男性はそうおっしゃいました。年齢は70歳前後。こんな寒い日に、素足にサンダル履きでした。
「持病で普通の靴が履けなくなった。軽くて足首の暖かい靴がほしい」
そう言われたので、リハビリシューズと靴下をおすすめしたところ、気に入られてすぐにその場で履き替えられました。それにしても見るからに歩きづらそうで、日常生活でもいろいろお困りなのではないだろうかと。特に排泄や入浴など、困っておられるのではないかとおたずねしました。問題は介護度でした。
「以前は『要支援』だったのですが、今は『自立』と認定されています。先週も役場に相談しにいったのですが、だめでした。生活費は年金だけ。その年金から介護保険料はまともに引かれているのに、こんなからだになっても役所は助けてくれない。家内はもう亡くなって、1人暮らし。誰もなにも助けてくれない。すべて自分でしなければ……。生きていくのがつらくなるときがあります」
こう言われて肩を落とされました。
最後に昇降座いすを案内したのですが、
「レンタルできればどんなに生活が楽になることか……」
と残念な表情をなさいました。ほんとうに困っている方々に、私たちは何ができるのか……。こちらまでつらい思いになりました。
(加治屋町店舗スタッフS)
来店されていきなりそうたずねられたお客様が。
「飼っている犬が年老いて、家と庭との段差が上り下りできなくなって……。かわいそうなんです」
ペットショップなどいろいろ見て回られたそうですが、どの店にも適当なものがなく、最後に介護用品専門店だと当店にたどり着かれたのでした。
小型犬で幅は狭くても大丈夫だと、2本組のワンタッチスロープを注文されました。以前愛玩犬用にとクッションを購入していただいたお客様はおられましたが、スロープは初めてでした。あらためて介護用品、福祉用具の力に気づきました。
(加治屋町店舗スタッフY)

「靴を買いに来たのだが……」
そうおっしゃって靴を手に黙り込んでしまわれました。見たところ男性は健康そうで、奥様かご家族のための靴だと思いました。しかしあまりにも深刻そうだったので、声をかけたのです。
「なにかお困りでしょうか?」
「いや……」
「ご不明な点は、何なりとご相談ください」
そう言ってその場を離れようとした時です。その男性が小さな声で、つぶやくように何か言われましたが、私にはよく聞き取れなかったのです。
「はい、何か?」
「いや……。私にもいずれこんな靴が必要になる時期が来るんだと思って」
「はい?」
私には言葉の意味がわかりませんでした。
「いましがた病院で、パーキンソン病だと診断されたんですよ」その声は震えていました。「何も症状は出てないのに……。なんで私が……。そんなことを思いながら歩いていたらここの看板が目に入って。パーキンソン病だなんて、私が。なんの症状も出ていないのに。なんで私が……」
受け容れがたい、そんな気持ちが痛いほど伝わってきます。私はただ、黙ってお話を聞くだけしかできませんでした。
「パーキンソン病、ご存知でしょ。いずれ話すことも、立って歩くことも、何もかもできなくなる。何もできなくなるのです。いまの私に想像しろというのが無理だとは思いませんか」
受け容れがたいという気持ちは、なぜだという怒り、どうしようもないという落胆、仕方がないというあきらめ、さまざまな思いとなって言葉の端々に現れていました。
「そうなったときにあわてなくていいように、今日は下見ですよ。話につきあってくれてありがとう」
帰っていかれる後ろ姿を見送りながら思いました。だれかにどうしようもない思いを聞いてほしかったのだろうなと。いえ、思いをぶつけたかったのかもしれません。
話をすることで少しでも楽になれる。
もしそうであるなら、黙って話に耳を傾けることも私たちの仕事だと感じた出来事でした。
(加治屋町店舗スタッフS)