人の役に立つということ#20

「おい!家内が腰が痛いって言ってんだが、なんかないのか!」
言葉づかいはいささか乱暴で、半袖からのぞく腕には刺青が……。
ここは店舗、ショールーム。いろんなお客様がいらっしゃいます。風体、言葉づかいで、その人となりを判断してはならない。しかも介護用品、福祉用具を扱う「店」と知って来られるわけです。なにがしかの悩みや困りごとを抱えておられるはずです。それを聞き出すのも私たちの仕事。
刺青には視線を向けないように、お話をうかがいました。
A さんとしましょう。A さんの奥様は末期のガンで、その年の2 月から入院されているということでした。まさに終末を迎えようとされていたのです。
「もちろん寝たきりなんだが、それが背中と腰が痛くてどうしようもないっていうんだ。とても見てられないんだよ、かわいそうで。ここは介護用品を扱ってるんだろ……」
その日A さんは、奥様の付き添いをしていたのですが、携帯電話を落とし壊してしまったそうです。
「慌てて家電量販店に携帯電話の買い替えに来たんだが、契約の待ち時間が長くて道路にタバコを吸いに出たんだ。そしたらここの看板が目について。ほら、大きく『介護用品』って書いてあるだろ。なにかあるんじゃないかって来てみたんだよ」

もし、A さんの携帯が壊れなければ、Aさんがショールームの近くの家電量販店を選ばれなければ、そして契約の待ち時間が短ければ、この出会いはなかったと思うと……。偶然の積み重ねがA さんと私たちの接点をつくってくれたのです。
私は奥様の状況をできるだけ聞き出し、カタログをご覧に入れ、結局はエアマットのレンタルをご案内しました。病院の許可を得ていただいた上で個人契約をするという方法がありますと。A さんはすぐさま病院に電話を入れられました。ところが電話に出た担当の看護師さんによると、「エアマットはすでに使っています」ということでした。
「なにを使っても、どんな方法をとっても、家内を楽にさせてやることはできない」
A さんが落胆されたことは言うまでもありません。
私もどのようにお声をかけていいのかわかりませんでした。私たちにまだ、なにかできることがあるかもしれません、どのようなことでもご連絡をお待ちしていますとお伝えすることが精一杯でした。
A さんは沈痛な面持ちでお帰りになりました。ところが翌日です。
「エアマット、すぐに持ってきてくれ!」
A さんから電話があったのです。エアマットはすでにお使いじゃなかったのですかとたずねると、
「ぜんぜん違ったんだ。だからすぐに頼む」
ということでした。詳しくお話をうかがいました。
その日、奥様のシーツ交換と着替えの一部始終を見守っておられたそうです。すると奥様の背中にはひどい床ずれができていた。しかも看護師さんの話とは違い、マットレスもカタログに掲載されていたエアマットとはほど遠い普通のマットレスだったのです。
A さんはすぐにお医者様に来てもらったそうです。この状況を、そして奥様が苦しんでおられることを医師としてどう判断するかたずねられました。お医者様は、A さんの思うようにしてかまわないと、エアマットの使用を認められたそうです。それで電話があったのです。すぐさま個人レンタル契約の手続きを済ませ、営業担当がエアマットを納めたのが11月14日のことでした。少しでも楽になられたらいいな。そんな思いで営業担当者を見送りました。

それから6日後の11月20日のことです。A さんからエアマットを回収してほしいという電話がありました。奥様は亡くなられたのです。
A さんは電話口でこう話されました。
〈ありがとうね。世話になったね。家内も『おとうさんありがとう。楽になったわ。おとうさんのおかげだわ』って、泣きながら喜んでくれた。こんなことならもっと早くあんたたちのことを知っていたらと、それが悔やまれる。だれも教えてくれなかったからね。あの日携帯が壊れてよかった〉
たった6日間だけでしたが、私たちはA さんとその奥様のために、なにがしかの役に立てたのだと思いました。悲しいけれど、そうなんだ、と。それから1月ほどたって再びAさんから電話がありました。
〈家内は長い間痛くて辛い思いをしたけど、最後の最後に安らかな寝顔を見ることができて、少しだけ救われた気持ちになれました。ほんとうにお世話になってありがとうございました〉そしてこう続けられたのです。〈あなた方の仕事は苦しんでいる人を助けることです。私の家内を助けてくれたように、これからも大勢の人を助けてくださいね〉
