利用者様の実情と法制度の「絆」としての専門性を#51


小野公平(仮名75歳)さんは、7年前に脳梗塞を発症しました。
後遺症は軽度で、半年後の退院時にはリハビリの甲斐もあって要支援1と認定されていました。小野さんと私はその当時からのお付き合いです。
愛着を込めて言えば、人の世話になるのはまっぴらごめん「元気で明るい頑固じいさん」といった感じ。
要介護度を決める認定調査の面接の際もすべての問いに「できる!」と言い張ったといいます。
ご本人を交えて退院後のケアを話し合う担当者会議では、ケアマネージャーさんが「小野さんそんなに頑張らなくてもいいのよ」と心配顔で話していましたが、私は、ああ、こういう人のことを「頑固じいさん」というんだなと親しみを持って見ていました。
結果として、今後加齢による身体機能の低下も考えられるからというご家族の心配を酌んで、自宅屋内外の随所に手すりと玄関先にスロープを設置し、外出用に歩行補助つえを貸与するということになりました。
その後数回訪問をしましたが、いつもとても元気なご様子でした。
ところが最近になってケアマネージャーさんから「小野さんのことで相談がある」という連絡を受けたのです。どうしたのだろうと小野さんを訪ねてみると、直近の要介護度の見直しで要介護1と認定されていました。
強気なご本人はやはり、
「寝返り、起き上がり、立ち上がり、歩行はできる。家の中ならなんとか1人で生活ができるんじゃっち」
と言い張ったそうです。しかし、ケアマネージャーさんによると仙骨と肩甲骨のあたりに発赤(ほっせき)ができているということでした。つまり床ずれの初期症状が現れているというのです。
ご本人やご家族からよくよく話を聞いてみると、寝返り、起き上がり、立ち上がり、歩行は可能で、食事も自分で台所まで行くことができましたが、主に食事や排泄時のみの移動で、外出することもめっきり減り、その分寝床に横になっている時間が長くなっているということでした。
「老いぼれてしもうたということかのう」
つぶやくように言う公平さんの横顔には寂しさが漂っていました。
相談の結果、まずは床ずれの完治をめざそうということで、床ずれ防止用具の導入を提案しました。
しかし、平成18年4月の介護保険法の改正で、
・ 車いす(付属品含む)
・ 特殊寝台(付属品含む)
・ 床ずれ防止用具
・ 体位変換器
・ 認知症老人徘徊感知機器
・ 移動用リフト
の8品目に関しては軽度認定者、つまり要支援1・2、要介護1認定者に対する貸与は、原則として保険給付の対象としないことになっていました。ただしこれには、軽度認定者についてもその状態に応じて一定の条件に該当する場合は保険給付が認められるという特例給付もありました。
そこで私は、事の緊急性を考えて床ずれ防止用のエアマットを試用で貸し出して悪化を防ぐとともに、その期間を利用して特例給付の申請を行うことにしました。
まず担当医師の意見を聞き、担当者会議を開催しました。医師の所見でも、担当者会議でもエアマット導入の必要性があると判断されました。しかし、その結果を持って行政の窓口へ特例給付申請を行いましたが却下となってしまいました。
理由としては、起居動作、移動が自立できているから。
用具に頼る前に生活習慣を改善して下さいとのことでした。つまり、日中積極的にからだを動かしなさい、活動しなさいということなのです。
私はその結果を聞いて、祖母のことを思い出しました。
私の祖母も要介護1で床ずれが発生したのです。
末期癌との診断を受けて1人暮らしの田舎から、息子夫婦である私の両親を頼って私たちの家へ移ってきました。
移ってきた時は起居動作、移動も自立。病院へも自分で歩いて通っていました。しかし私も両親も仕事で外出し、日中は祖母1人の暮らし。その間は居間の座いすに座りテレビを見る時間が長くなり、自らすすんで動くことがしだいに無くなりました。
そのうちに居間に移動することも少なくなり、寝ている時間が長くなったのです。
床ずれが発生するのは当たり前と言えば当たり前。もっと早くに私たち家族が気づくべきだったと後悔したことは言うまでもありません。
当時は平成18年の介護保険法改正により介護度の縛りが厳しい時期であり、特例給付というものはありませんでした。
祖母が移ってきた直後に私は転勤になり家を離れ、元気な祖母の姿しか知りませんでした。
私は、祖母に床ずれができたと両親から相談されたのですが、一時的な体調変化だろうと判断し、自費で床ずれ防止用具を借りることをすすめたのです。しかし祖母はそのまま寝たきりになり、床ずれも完治せず、数か月後に亡くなってしまいました。
寝返りができても床ずれはできる。そのことを思い知らされました。
特例給付制度ができたのはそれからわずか数か月先のことでした。
小野さんの場合、特例給付申請の却下後自費によるエアマットのレンタルも考えました。が、社会福祉協議会のリサイクル事業で無料のエアマットを借りることができるとわかったので、そちらを利用することにしました。
そうして床ずれも徐々に治ってきたと連絡を受け、ああこれでひと安心だなと思っていた矢先です。
ある日ケアマネージャーさんから、床ずれが悪化してきたとの連絡がありました。 ご自宅を訪問してみると、エアマットが故障しエアが入っていない状況でした。
社協に問い合わせたところ、交換する物も無く修理もできないと返事がありました。再度特例給付申請をする以外に道はありませんでした。
この再申請には私も同行し、直接行政の担当者と話をさせてもらいました。
「認定調査の結果で寝返りができるから難しいですね」
担当者の答えは前回と同じでした。
私は平成19年4月の改正で認められた特例給付申請が、さらに1年後の平成20年4月に厚生労働省が、真に福祉用具を必要とする人を救済するための適切な制度運用を実施するようにと通知し、それが広く適用される流れになってきていることを説明しました。
また祖母の事例をあげて、起居動作、移動が自立できても床ずれが発生することも話しました。
数日後、行政の担当者から連絡が入り特例給付を認めますとのことでした。小野さんのケアに関わるすべての人がほっとしたことは言うまでもありません。
担当者からは、特例給付に対して認識を新たにしたとの話もありました。
2度目の申請で特例給付が認められましたが、行政と現場が情報を共有し、ご利用者個々の状況・環境の詳細な実態を把握しながら真に必要とされるサービスを提供していくということが大切だと痛感しました。あわせて、私たち福祉用具の貸与に関わる事業者も申請などをすべてケアマネージャーさんに任せるのではなく、行政との話合いにも積極的に参加するべきだと感じました。
強いて言えば私たち福祉用具の専門家は、ご利用者と法制度をベストの状態でつなぐ「絆」だと思います。そのために誰にも負けない専門性が必要だと肝に銘じて、日々営業活動に汗を流しています。

〈特例給付=軽度者(要支援1・2、要介護1)に対する福祉用具の例外的な給付の特例申請について〉
介護保険制度における福祉用具貸与では、平成18年4月から、軽度者(要支援1・2、要介護1)について、その状態像から使用が想定しにくい車いす等の種目が、保険給付の対象から外されましたが、種目ごとに必要性が認められる一定の状態にある人については、保険給付の対象として福祉用具貸与が認められることになりました。
その妥当性の判断については、原則として、直近の要介護認定の認定調査票の結果(要介護認定データ)を活用して客観的に判定することとされました。
しかし、国が実施した全国調査の結果を分析した結果、こうした判断方法では、真に福祉用具を必要とする状態なのに、例外給付の対象とならない事例が多数存在することが明らかになったため、従来どおりの要介護認定データを活用して客観的に判定する方法に加えて新しい判断基準を設けることになり、平成19年3月30日に厚生労働省が「軽度者に対する福祉用具貸与の取り扱いについて」として各都道府県に通知しました。
要点は以下の通りです。
【対象者の拡大】
・疾病その他の原因により、状態が変動しやすく、日によって又は時間帯によって、頻繁に告示で定める 福祉用具が必要な状態に該当する者
〈例:パーキンソン病の治療薬によるON・OFF現象〉
・疾病その他の原因により、状態が急速に悪化し、短期間のうちに告示で定める福祉用具が必要な状態になることが確実に見込まれる者
〈例:がん末期の急速な状態悪化〉
・疾病その他の原因により、身体への重大な危険性又は症状の重篤化の回避等医学的見地から告示で定める福祉用具が必要な状態に該当すると判断出来る者
〈例:ぜんそく発作等による呼吸不全、心疾患による心不全、嚥下障害による誤嚥性肺炎の回避〉
【手続き】
上記・~・のいずれかの要件を満たす者であることが、
ア)医師の意見(医学的な所見)に基づき判断され、
イ)サービス担当者会議等を経た適切なケアマネジメントの結果を踏まえてえていることを、
ウ) 保険者である市町村が「確認」している ものであれば、軽度者(要支援1・2、要介護1)であっても例外的に介護保険での給付を認める。
