当たり前と勘違い おむつから見えてくること②#56


前回は、おむつを中心に幅広い分野で、ご利用者やご家族をサポートすることを目標とするおむつフィッターの役割、さらにはおむつから見えてくる介護の状況をお話ししました。今日は、おむつをめぐる勘違いや思い込みなどについてお話しさせていただきたいと思います。
まず、あるご利用者のご家族の言葉からお話ししたいと思います。
仮にAさんとします。
「おむつって、どうも介護を介護者側の都合でやりやすいようにする象徴のような気がするんです。手を抜くっていうか……。本人だって、おむつに排尿、排泄してそのままつけ続けていたら気持ち悪いに決まっています。だから私は、夜寝る前におむつを交換して、少々疲れていても2時間おきに起きて必ず交換してあげています。だって、朝まで放ったらかしにしておくって到底許せないのです」
詳しく話を聞くと、実のお父さんを介護していて、脳梗塞の後遺症でほぼ寝たきりで明確な意思表示はできないということでした。
介助してポータブルトイレに移動ができていた頃は、2時間おきにトイレに行きたいかどうか確認していたといいます。 話を聞きながら、私は3つのことを思いました。
まず、Aさんは努力家で家族思いのとても優しい人だなということ。
次に、Aさんは十分な睡眠が取れているのだろうかということ。
最後に、介護されるご本人はほんとうにそれを望んでいるのだろうかということです。
私はAさんにおむつはそのタイプやニーズにあわせてちゃんと選んで使えば、ご本人にも介護者にもメリットがあるということを話しました。
たとえば、ご利用者ご本人で、おむつの交換で何度も起こされるより、ぐっすり寝たいという人もいます。そういう人は、皮膚にも問題がなく、尿漏れの心配がなければ、一晩そのままにしてご本人も介護者もしっかり睡眠を取る方が合理的ではないでしょうか、と。
また、おむつがちょっとでも汚れたらすぐに交換してほしいと訴える人もいます。介護者が少しでも睡眠を取りたい深夜、真夜中なら、着脱の簡単な尿取りパッドを交換するという方法で、ご本人は快適に寝られるし、介護者の負担はわずかでも軽くなるはずです。
たしかにご利用者ご本人を尊重するのは当然のことです。でも、尊重するあまり、介護が過剰になるという事例はよく耳にすることです。
大切なことは、ご本人が何をどうしてほしいと思っているのかをしっかり把握し、ご本人の体調、尿量などにあわせた的確なおむつ選び、適切な使用方法ができれば、ご本人にも介護者にもより快適な睡眠をもたらしてくれると思います。まさに「おむつの利点」です。おむつは「手抜き」ではなく「利器」なのです。そのことを理解していただきたいと思います。
おむつフィッター1級取得して全国のおむつフィッター1級取得者の活動を発表するフォローアップセミナーに参加した時のことです。
とある施設から男性ばかり6名のグループの参加がありました。
彼らの発表は非常に興味深いものでした。
男性ばかりで合宿をした夜のことだそうです。
全員紙おむつをつけての飲み会は「絶対にトイレに行ってはいけない」という条件付きでした。
紙おむつのつけ心地はもちろんですが、紙おむつでの排泄を実際に体験してみようということです。ご利用者の身になって介護を考えるなら、まず体験してみないと何もわからないということです。
〈あ、不潔行為だ!〉
飲み会スタート後しばらくして鋭い声が飛びました。 メンバーの1人が紙おむつの中に手を入れたのです。
〈不潔行為だよ。なんで触るの。おむつの中に手を入れちゃあだめじゃないか〉
〈いやあ、紙おむつがごわごわして気持ち悪いし、それに……〉
〈それに、何?〉
〈右側に収まっていたのを、左側にしたかっただけなんだけど……〉
発表がこのくだりに及んだ時、会場の男性参加者はみんな大きくうなずいていました。おそらく男性なら即座に理解できることなのでしょう。発表は続きます。
たしかにご利用者がおむつの中に手を入れると、「不潔行為」と判断しがちです。
でも、実際の体験談を聞き、紙おむつにがんじがらめにかためられていたペニスを、収まりがいいようにちょっと動かしたいということがあるのだなと、はじめて知りました。
問題は右か左かだけではありません。上か下かもあるのです。おむつの中でペニスを上に向けるか、下に向けるか。これは収まりがいいということよりも、排尿するときにどちらがしやすいかということでした。
それも人それぞれだという結論に達しました。
男性参加者がさらに大きくうなずいたことは言うまでもありません。
考えてみれば、看護、介護の現場は従来女性の担い手が多く活躍する場でした。
その現場では男性におむつをつける場合、陰茎を貝巻きにして上を向けるというのが当たり前でした。布おむつの時代から延々と先輩から後輩へ代々伝えられてきた「当たり前」が紙おむつの時代になっても、「当たり前」として生き残っているのです。
尿漏れなく快適に使うには尿量を把握し、つける時にギャザーを合わせる。でも、件(くだん)の男性6名グループは、自らの体験をもとにさらに1歩踏み込み男性に特有のつけ心地のよさに注目し、「当たり前」の壁を乗り越えようとしたものでした。
そうして彼らは布おむつと紙おむつは全く別のものだということを浮き彫りにしたのでした。
最後にあるヘルパーさんからの声を。B子さんとしましょう。
「ギャザーが命ってこと、よくわかりました。でも紙おむつのメーカーさんは、どうしてそのことをパッケージに書いてくださらないのかしら。正しいつけ方を図解入で説明してくれるとわかりやすいのに……」(同感です!) たしかにB子さんの言うとおり、どのメーカーのパッケージにも「正しいつけかた」は記載されていません。製品の特徴などは明記されていますが、つけ方に関する記述は見当たらないのが実情です。
何のためにギャザーがあるのか?
それはからだにぴったりフィットして尿漏れを防ぐため。
どうやって使うのか?
立てて、足の付け根に隙間なくあわせる。そのギャザーがあるからこそ紙おむつであり、ギャザーをつけるために紙おむつはつくられたのです。
メーカーの立ち位置からすれば、介護に携わる人なら紙おむつの使い方、ギャザーがつけられている意味を知っていて当然だと……。
介護に携わる多くの人にとっては、布おむつの時代からその使い方は変わらず、紙おむのギャザーの存在などほとんど気にせず、つまりはギャザーのことを知らずに使い続けてきたと言ってもいいでしょう。
「なぜここにギャザーがあるのか?」 などのほんのわずかの疑問と気づきが介護の現実を大きく変えることがあるかもしれません。
「ギャザーは命」
私は、今後もおむつフィッターとしてこの一言を高く掲げ、排泄ケア全般はもとより、介護される立場、介護する立場双方に寄り添った、快適でこころの通いあう適切な介護の在り方をめざしたいと考えています。
(本編は第55話「大切なことは原因を探ること おむつから見えてくること」の続編です。あわせてお読みください)
