臭いのモトは・・・#59


我が家のポータブルトイレをめぐる話を聞いてください。
私の母(69歳)が退院して我が家へ戻ってくる直前の話です。 昨年脳梗塞で倒れた母は、左半身に麻痺が残り要介護3と認定されていました。病院では紙おむつを使用していました。
我が家は、私の母、私、夫(47歳)、私たちの長男(17歳)、長女(15歳)、それにネコのソックスという家族構成でした。
子どもたちは2人とも近くの公立高校に通っています。母が倒れるまでは、自分で言うのもなんですが、みんな仲のいい幸せな家庭でした。いえ、倒れてからも、皆で母の退院を待ちわびていました。
母の介護もみんなで手分け、分担しようと約束しあっていました。
退院するにあたっては、お医者様やケアマネジャーさん、ヘルパーを派遣していただく事業所の方、福祉用具をレンタルさせていただく事業所からは福祉用具専門相談員の方などに自宅に足を運んでいただいて、介護のプラン、福祉用具の選定はもちろん住宅改修など家族全員も参加の上話し合い、微に入り細に入り決めました。
母が予後の生活を楽しく快適に過ごせるように。
それが第一でした。
デイサービスに週3日通い、入浴やリハビリなどをお願いすることにし、住まいは徹底的に段差を解消して、母ができるだけ自力で家の中を移動できるようにすることにしました。
いちばんの問題はトイレでした。 母は入院中、やむを得ず紙おむつを使っていましたが、なんだか放っておかれているみたいだし、トイレくらいは自力で行きたいと少々拒絶する姿勢を見せていました。だから家に帰ったらトイレだけは自分でできるようにと、歩行器を使いトイレまで移動する練習をしていました。
果たして母にベッドから降り立ち、歩行器を使って移動し、用を足してまたベッドに戻ることが可能なのか。ベッドからトイレまで5メートル足らず。家族の誰かがそばにいるときは見守りもできるけれど、一人きりのときもあるはずだ。そんなとき、たった5メートルとはいえ、歩行器があるとはいえ、もし転倒などしたら……。
それに移動に時間がかかって失禁してしまうことも。そうなると母は自信をなくすのではないかと。私たちは懸命に考えました。
そうしてひとつの結論を出したのです。
母の思いを大切にし、家族の不安を解消するには、ベッドのそばにポータブルトイレを置こうと。きっと母もその方が楽なはずだと。
ところが母の反応は意外なものでした。
「ポータブルトイレを置くくらいなら、おむつをした方がいいわ」
そう言うのです。
理由をたずねましたが、黙り込んで話そうとはしてくれませんでした。これは無理に聞き出してもだめだと思い、母が自ら口を開くまでトイレの話は持ち出さないように家族で申し合わせました。
それから数日後私と2人きりの病室で、母はようやく重い口を開きました。
「部屋の中に便器があるのって、私も嫌だけど、あなたたちも嫌でしょ?」
「なに言ってるの。誰もそんなこと思いませんよ。私たち夫婦も子どもたちも。お母さんがいちばん楽なように、過ごしやすいようにするのが大切なのよ」
「だって、用を足したあとすぐに処理できるならいいけど……。臭いも気になるでしょ。孫たちだってお友だちも呼べなくなるのじゃないかって。そうなると、私はあの子たちに嫌われてしまうような気がするの。だからポータブルトイレを部屋の中に置くのは気が進まないのよ」
「そんな……」
確かに、入院中の母の病室(4人部屋)も臭いがきついときもあるように思います。病室は集団の療養生活の場ですから、あたりまえのこととして受けとめていたのかもしれません。
ポータブルトイレのカタログや実物を見たり、説明を聞いたりはしましたが、実際に家庭で使われている場面や、使っている人やご家族のお話を聞いたわけではありませんでした。大切なことは、それを使うと母の生活はどうなるのか、私たちはどうなのかということだと思いました。
そのことを夫に話すと、実際に使ってらっしゃる方の話を聞いてみたらどうだろうということになり、ケアマネジャーさんに相談しました。するとすぐに何人か利用されている方のご家族を紹介していただけました。防臭対策、汚物処理対策、その他注意点などを聞き、家族みんなで話し合うことにしました。
●Aさんの場合
【介護の状況】
・トイレを使っているのは父親。
・脳梗塞の後遺症による左下肢麻痺(要介護3)
・主介護者は娘であるAさんと母親。
父の身体状況とスペースの問題でベッドのすぐ横に設置していました。
本人が臭いを気にしていたので、トイレのすぐ側に無臭の消臭剤を置きました。消臭剤の効果は、はっきり言ってわかりませんが、気分的に楽になったようです(笑)
それよりも使用後は汚物をすぐに処理し、バケツを洗浄する方が効果的です。処理というのはトイレに流すことです。バケツに少量の水を入れ、そこにトイレットペーパーを入れておくと、汚物がつきにくくてとても便利です。
これは介護の先輩(?)から教えてもらった裏技です。
でも、臭いというのは気になりだすとキリがないですからね。うちの場合は本人がどうしてもというので、脱臭機能付きの空気清浄機を置きました。それでも使用直後の臭いはどうにもなりません。 あとは気持ちの問題ですね。私は本人にも「汚いって思ったらだめだよ。あたりまえのことなんだから」と言い続け、私自身もそう思い続けました。だって、生まれたばかりの私は、両親に下の世話をしてもらって元気に育ったのですから。両親は汚いなんて少しも思ってなかったはずです。それが愛なんじゃないかと思います。
●Bさんの場合
【介護の状況】
・Bさんの母親が祖母を介護。祖母は3年前、85歳の時に転倒して右大腿骨を骨折。そのまま歩行できなくなり、夜間自室でポータブルトイレを使用している。
祖母は使用した後、表面を覆うような消臭泡スプレーを自分で散いています。それを朝一番に母が汚物を処理(トイレに流す)しています。
バケツはその都度洗い、消毒し、内線のところまで水を張り市販の消臭剤を入れています。消臭剤、消臭スプレーも使いますが多少軽減されるという程度で、やはり臭いはします。
大切なことは、臭いがするのは仕方がないけれども、それを気にするかしないかということだと思います。いちばん気にしているのは本人であることは間違いありません。それを少しでも楽にするのが介護する側の姿勢だと思います。気になるようであれば、こまめに処理し、清潔に保つことです。それがいちばん大切かな。
●Cさんの場合
【介護の状況】
・10年前に63歳という若さで脳梗塞を起こし右半身麻痺が残った夫を、妻のCさんが介護している。当初要介護5と認定されたそうだが、現在は要介護3。医師からは「奇跡の回復」だと言われているそうだ。
夫は自力での排泄行動をリハビリの目標にして頑張ってきました。「まだまだ若いのだから」が合い言葉でした。当初は紙おむつをあててベッドに寝たきりでしたが、コツコツとリハビリを続けて徐々に介助を受けてベッドからポータブルトイレに移れるようになり、今では車いすからトイレ便器への移乗が自力でできるようになりました。
ポータブルトイレを使用していた時期のことを思い返してみました。 やはりポータブルトイレは、ベッドのすぐ横に設置していました。私たちは紙おむつからのスタートでしたから、ポータブルトイレの臭いなどほとんど気になりませんでした。というより、「ポータブルトイレでできた!」ということがむしろ大きな喜びでした。
それでも心がけていたことは、いつも清潔にしておくということでした。
使ったらすぐに処理をして洗う。このくり返しです。 なかにはバケツに新聞紙を入れたビニール袋をつけて、汚物を生ゴミとして出すという人もいるそうですが、これはエコの観点からもおすすめできません。処理と消臭に不便ですし、ゴミ出しの日までどこかで保管することになりかえって面倒です。使ったら汚物をトイレに捨てて、バケツを洗う。この方法がもっとも簡単で清潔だし、臭いも緩和してくれると思います。晴れた日にはバケツとフタを干すのもいいかもですね。
介護される側もする側も、臭いを気にするよりも排泄という行動を前向きにとらえること、これがリハビリにとっても、QOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質を高める)にとっても大切なことだと思います。
どなたのお話を聞いても、なるほどと思わせてくれるものばかりでした。しかもCさんの場合は寝たきりからの回復!
母はまだまだ若いし、回復の可能性もあるはずだと希望も自信も持てました。 でも、話を聞くのと実際にやるのとではずいぶんと違うのだろうなあと、やはり不安は拭いきれませんでした。そんな話を家族でしていると、娘がぽろっと言いました。
「大丈夫だよ、お母さん。だって、ソックスのウンチはちゃんとみんなで世話してるじゃん。だれもソックスを臭いって言わないし、みんなで可愛がってるじゃん」
そう言われてみれば、愛猫ソックスのトイレは、家族の誰かが気づいた時にすぐに処理しています。臭いがしないわけではないけれど、誰も臭い、汚いと嫌がりはしません。母と猫を一緒にはできませんが……(笑)
でも娘の一言ではっきりわかりました。
臭いはモトから絶たないとダメといいますが、そのモトというのはそれぞれの心の中にあったのだと。
さすがに夫には母の下の世話を手助けしてもらおうとは思いませんが、夫もいろんなアイデアを出してくれました。同じように気にしてくれているということがわかっただけでも、ずいぶん楽になれました。
「ぼくは大学で福祉を勉強してみようかと思う」
大学受験を控えた息子が言いました。
「何か具体的に社会と関われるようなことが勉強したいと思ってたんだ。今回はおばあちゃんのことだったけど、おばあちゃんのためになることは、同じような境遇のすべての人に役立つことじゃないか。こういうことが『具体的に社会と関わる』ということなんだって思った」と。
私の家族はみんな大したものだと誇らしく思いました。そう思うと目の前を霧のように覆っていた不安が、すっと晴れたような気がしました。
恐らくいろんな問題が待ち受けているに違いありませんが、その都度みんなで話し合って前向きに暮らしていきたいと思います。
