〈パルちゃん〉の使命#70

息子・団体職員 児玉恭(55歳)さん
父・児玉仁(86歳)さん
児玉恭(こだまやすし/仮名)さんは鹿児島市内に住む団体職員。
今回は恭さんとお父さん仁(ひとし/仮名)さんの話です。
仁さんは市内某私企業を定年まで勤め上げ、その後は趣味に各種ボランティアに積極的に活動していました。10年前に奥さんを亡くしましたが、その後も変わることなく忙しい毎日を送っていました。しかし2年前に脳梗塞を患いその後遺症が右半身に残りました。要介護度は要介護3。杖などがあれば自立はできますが、右足の自由がきかず自力での歩行は難しい状態になりました。
外向的で活発な仁さんもさすがにショックは隠せませんでした。それまで続けて来た様々な活動も諦めなければならないのかと。さらには歩けないことに対する不安は大きかったようです。
「歩くことは暮らしの基本ですからね。本人も家族も不安が大きかったと思います。動けなくなって寝たきりになるんじゃないかって。だから同居をすすめたんですよ。一緒に暮らそうって」(恭さん)
だが仁さんは首を縦に振りませんでした。いくつになっても、どんな状況になっても子どもたちの世話にはならない。迷惑はかけられないと。そうして自分でサービス付き高齢者向け住宅を探し、住み慣れた自宅を処分して入居してしまったのです。
「迷惑かけたくないって思うんだろうねえ。迷惑だなんて思ってもいないのにね。だって俺ら子どもの頃から散々迷惑かけてきたんだから」恭さんは力無さげに笑いました。
「嫁さんにも、孫たちにも、気を使うじゃないか」それが仁さんの思いであることは、恭さんにもよくわかっていました。恭さんは家族とも相談し、だったら週末と休日だけでも恭さん宅に外泊して一緒に過ごしてもらうことにしました。仁さんも快く受け入れてくれました。

ところがです、外泊初日から恭さんと仁さんは衝突したのです。ゆっくりくつろいで欲しい恭さんと、動きたい仁さんの思いがぶつかったのです。
「いいじゃないか、家でゆっくり過ごしたら。杖ついて外に出るって、どれだけ歩けると思っているんだ」
「主治医からもできる限り身体を動かすように言われているんだ。全身の機能回復のためにも。それに閉じこもってばかりじゃ老け込んじゃうよ」
「十分に年寄りだよ。老けてるよ」
「もう一度自分の足で歩きたいんだよ。そのためにもリハビリしたいんだ」
「十分だろ? 今までいろんなことやってきたんだから。いくつだと思っているんだ!」

恭さんは振り返ります。
「自由にと言ったって、右下半身に麻痺が残っていて車椅子に乗るか歩行器を押さないと移動できないし。それだって危なっかしくて誰かが付き添わないと。家族の思いとしては、安全に過ごして欲しいというのが一番」
仁さんは応えます。
「迷惑をかけたくないと言うのを遠慮するなと言うからそれならと思ったのだけれど……。ちょっと窮屈かな。いや、厄介になる身の私がいうことではないけどね」
仁さんは、主治医から引きこもらずに動く方が身体にもよいと言われたこともあり、リハビリを兼ねて買い物に行ったり、散歩をしたり、自由に過ごしたかったのです。「もう一度自分の足で歩きたい」仁さんの強い思いでした。
恭さんはといえば、仁さんを迎えるにあたり室内を少しでも楽に移動できるようにと、段差を解消したり、手すりをつけたりしていました。だからなおさら家の中で過ごして欲しいという思いが強かったのです。
「でも、もう十分だろという言い方はさすがにひどいと思いました」恭さんは自嘲気味に笑いました。

恭さんと仁さんが本格的に衝突したのは、歩行器を巡ってのことでした。
外出も控えて欲しいと思っているのに外出用の歩行器が欲しいという仁さんの要求に、恭さんはとても消極的だったのです。
リハビリのためには車椅子より歩行器がいい。仁さんの思いは強かった。このまま動かずにいたら、それこそ寝たきりになってしまうと。
「もう一度自分の足で立って歩きたいと思ってたんだろうな」
そう思った恭さんは渋々ですが承諾しました。
とは言え自分の親のことです。恭さんは仁さんをサプライズで喜ばせようと、ネット通販でこれはと思う歩行器を選び購入しプレゼントしたのです。
「お年寄りがよく使っているショッピングカートに似た自転車のハンドルのような左右のグリップを握って歩く手押しの歩行器」(恭さん)でした。届いた歩行器を見て、仁さんはとりあえずは喜んではくれましたが、
「ありがとう。でもこれは俺には使い勝手が悪い。例えばブレーキだけど……。キャスターも……」
といろいろ注文をつけた挙句、
「こういうものは専門の人にいろいろ相談しながら決めないと」と不満気な表情になったのです。
仁さんが言うには、届いた歩行器のブレーキは左右のグリップと一緒に握るタイプでした。左右のブレーキは左右それぞれのキャスターを止める。仁さんは右手の自由がきかないので右ブレーキを握ることができず、左は止まっても右はそのまま進み、左を向いて止まることになるのです。
「そんなこと微塵も考えなかった」と恭さんは苦笑いを浮かべました。
恭さんと仁さんの会話に耳を傾けてみましょう。
「専門家って?」
「ホームでは*PT(理学療法士)さんとか*OT(作業療法士)さんとか、それに歩行器なんかの福祉用具については福祉用具専門相談員という人もいる。ホームで使ってるベッドとか歩行器とか、食事用のスプーンひとつにまでどれがふさわしくて、どうやって使うかまで、きめ細かに相談に乗ってくれたりアドバイスしてくれたりしてくれるんだよ」
「言われてみればそうだな。歩行器にもいろんなものがあるからな」
「その中から俺の身体状況に合うものを選ばないとな。だから相談は欠かせない」
「だってホームは介護保険の範囲の問題だろ? 外泊先の家で使うものまで相談できるのか?」
「相談くらいできるだろ。介護保険が使えるかどうかはわからないけど……」
「介護保険が使えたらレンタルで使えるのか?」
「そうだね。それが可能だと、お前の財布を煩わせることもないからな」
「あのプレゼントは無駄だってことだな(苦笑)」
「そんなことはないよ。うれしかった(笑)」
「ところで、要は、身体の状況への適合と使い勝手、介護保険の制度を利用できるかというこの2つが問題なわけだな」
「そうだな。身体状況云々はPTさんやOTさんに相談してみる。介護保険の問題はケアマネさんだな」
ケアマネジャーには恭さんも一緒に面談しました。その際仁さんは主治医からの「外泊先でもリハビリのために歩行器が必要」との意見書を提出したのです。ケアマネジャーの話では
「同種類の福祉用具を2つ以上同時にレンタルすることは、介護保険という制度上、必要に応じて可能だとされていますが、必要である理由がケアプランに明記されている必要があります。その上で市区町村が必要だと判断した場合に限られます。今回の場合はお医者様からの意見書もありますから大丈夫だと思います。あとは点数のやりくりですね。児玉さんの場合はゆとりがあったと思いますので、そこも含めて考えていきましょうね」
というものでした。
さらに、PT、OT、福祉用具専門相談員を加えて面談は続きました。
その結果、上肢や体幹が不安定でも安心して体を預けることができる大きな支持台がついていること。ハンドルと付属するブレーキがどこでも握れて前輪両輪が停止するタイプ。支持台の高さが小刻みに調節できること。屋外で使うので坂道などで自動減速する機能が付いていること、などが必要な機能として挙げられ、それらを勘案して福祉用具専門相談員から具体的な機種が提案されたそうです。さらにそれらをテストで使った上で最もふさわしい機種(コンパルREHAMO〈NCR-8A-TA〉)に決められました。
ケアマネジャーの尽力もあり、結果的に介護保険の枠内で使えることとなりました。
仁さんは毎週末の恭さん宅への外泊を楽しみにし、とりわけ天気のいい日は歩行器での散歩を欠かしません。
「父は歩行器に〈パルちゃん〉と名前をつけて友だちのようにしていますよ」と恭さん。
「ぴったりなんですよ。身体の一部みたいな感じかな。進むも止まるも思った通りに動けるし。身体が不自由でも無理して頑張って歩いているというのではなく、ごく自然に歩けているという感じです。行動範囲もひろがったし」と仁さんは満足そうに微笑みます。「心なしか麻痺の状態も改善されてきたように思うし、身体への自信も取り戻せたような気もします。希望もね」と。
「ホームに戻るとPTさんやOTさんが異常ないか、使いづらくないか聞いてくれるし、担当の福祉用具専門相談員は度々自宅まで来てくれて細々とチェックしてくれます。これなら親父も安心だなと思いました。ネットで買った最初の1台も決して無駄じゃなくて、いい勉強させてもらいました。でもね、最初からプロに相談すべきだったなと思います」と恭さんは振り返った。
散歩には恭さんが必ず付き合うし、恭さんが無理な時は恭さんの奥さんが一緒に出かけます。1回の散歩は30分から1時間。それは親子の、家族の大切なコミュニケーションの機会になっているようです。
失った機能を補うだけではなく、失った機能を取り戻し、さらに快適な暮らしをも実現する。仁さんの相棒〈パルちゃん〉はそんな使命だけではなく、仁さんの明日への希望も担っているようです。

動作支援の専門家。寝返る、起き上がる、立ち上がる、歩くなどの日常生活を行う上で基本となる動作の改善を目指します。関節・可動域の拡大、筋力強化、麻痺の回復、痛みの軽減など運動機能に直接働きかける治療法から、動作練習、歩行練習などの能力向上を目指す治療法まで、動作改善に必要な技術・機材、福祉用具を用いて、日常生活の自立を目指します。
*作業療法士
医師の指示のもと、障害のある方に手芸や工作等さまざまな活動を用いて、諸機能の回復・維持および開発を促す作業活動を通して治療、指導、援助を行っています。作業活動は、日常生活活動、仕事、遊びなど生活に関わる全ての諸動作を指し示すもので、治療対象者によってその作業活動は様々です。